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韓国映画【タクシー運転手】感想と出てくるご飯

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韓国の民主化運動を伝えた記者と彼を助けた勇気ある人々の真実を描いた人間ドラマ

1980年、韓国で多くの反政府デモの参加者が弾圧された“光州事件”。それを全世界に伝えたドイツ人記者を助けた平凡な男の心境に寄り添い、悲劇的な事件の実情が描かれる。

幼い娘を持つタクシー運転手・マンソプは「通行禁止時間までに光州に行ったら大金を支払う」という言葉につられ、ドイツ人記者・ピーターを乗せて光州を目指す。しかしその頃、光州では激しい民主化デモが発生し、軍が民衆を制圧する危険地帯となっていた。

目次

タクシー運転手の時代背景

この映画は事実をもとに制作されたものだ。

1979年、朴正煕(ぱくちょんひ)大統領の暗殺により、独裁政権は終息を迎えたが、全斗煥(チョンドファン)将軍が率いる軍部が実権を掌握。

1980年、民主化を望む国民たちは引き続きデモを行った。

映画は1980年春、ソウルから出発する。

突然お邪魔してもお客様は歓待

光州でタクシー運転手のサボクとドイツ人記者ピーターが、現地で偶然出会った人の家へお邪魔することになった。奥さんが「おかずがないわよ」と言うと、ご主人が「キムチがあれば十分だ」と言って出された食卓だが、結構ならんでいる。

貧しくとも、粗食であれど常備菜があるのは心強い。光州は戒厳令が敷かれており、店も閉まっているのだから、女性の苦労は並々ならぬものがあったろう。

下の青菜のキムチを、ピーターが食べようとすると、韓国人が「それは辛いよ」と注意する。ピーターは「辛いのは平気」と言って食べるが、「辛い、水をくれ」とはーはーする様子を見て、皆が大笑いする。ピーターも思わず笑い出す。

悲惨な状況の中でも、見知らぬ者同士であろうと、笑いあうのは心にビタミン剤を注入しているのと同じだ。キムチの向こうに見えるのは豆腐だろうか?

新聞記者の心意気が無駄に

スクープとして光州の新聞記者が記事にし、輪転機を回している。上への報告なしに、自分たちの首をかけて新聞を発行しようとしている。それが記者としての責務だと心得ている。

今の日本にこれほど骨のある記者がいるだろうか。上の意向を無視して、権力に立ち向かう気骨のある記者がはたしているのか。

気骨のある記者たちは皆、組織から離れてYouTubeで自分のメディアを作り、配信している。今はそういう時代だ。

映画に戻る。せっかく輪転機をまわして読者に真実を報道しようとしていたが、会社の上層部が「会社をつぶす気か!」とドヤドヤと入ってきて、輪転機を止め、組んだ活字の版を壊してしまった。

このころはもちろん活版印刷だ。

実は私の叔父も昔印刷所をやっていて、当時はこのように活版印刷だった。今はパソコンで打てばよいので楽だが、当時はいちいち活字を組んで版にしていたのだ。

私はそれをそばで見ていたので、職人のすばらしさを肌で感じていた。あの無数にあった活字はどうなってしまったのだろう。

おにぎりのサービス

サボクが定食屋でククス(麺類)をむさぼるように食べていると、定食屋のおばちゃんが「よほどお腹が空いているのね」と、おにぎりをサービスで出してくれた。

人々の心がすさんでいるとき、こんな心遣いは嬉しいものだ。たとえおにぎり一個でも。

光州事件の真実は、命がけの取材を終えたピーターによって全世界の知るところとなった。

日本人として嬉しかったのは、ピーターが「日本に行けば真実を伝えられる」と、金浦空港から日本へ旅立ったことだ。

少しでも日本がお役になったのなら、それは喜ばしいことだ。平和ぼけした日本人は、はたして当時どれほど光州事件に興味があっただろうか。1980年のことだ。

それほど昔でもない時代。今はネットがあるから、誰もがスマホでその場で世界中に発信できるようになった。ネットのすばらしさを享受しなければならない。半面、ネットの怖さも十分承知しなければならない。

光州で亡くなった方のご冥福を心からお祈りいたします。

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